また言われた、「神の国は、ある人が地に種をまくようなものである。夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育っていくが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、つぎに穂、つぎに穂の中に豊かな実が出きる。実がいると、すぐにかまを入れる。刈入れの時がきたからである。」(マルコ4章27-28)

 私は福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、すべて信じるものに、救いを得させる神の力である。(ローマ1章16節)

 アポロはいったい何者か。また、パウロは何者か。あなたがたを信仰に導いた人にすぎない。しかもそれぞれ、主から与えられた分に応じて仕えているのである。わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし成長させて下さるのは、神である。だから、植える者も水を注ぐものも、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。植える者と水をそそぐ者とは一つであって、それぞれの働きに応じて報酬を得るであろう。わたしたちは神の同労者である。あなたがたは神の畑であり、神の建物である。(Tコリント3:5-9)

 涙をもって種まくものは、喜びの声をもって刈り取る。(詩篇126篇5節)

御言葉を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。(Uテモテ4:2)


<その時のメッセージ>