礼拝日時:2025年12月21日(日)10:30~
説教題:「愛と喜びのしるし 」
聖書:ルカによる福音書 第2章 8~21節
説教:齋藤 善樹 師
賛美:「ああ、ベツレヘムよ」「諸人こぞりて」
「愛と喜びのしるし」
クリスマスは人類にとって愛と喜びのしるしです。悲しみが多ければ多いほど、喜び
は大きいのかもしれません。不安と悲しみはいつも私たちに付きまといますが、天使
が伝える喜びは常に私たちと共にあります。天使は、羊飼いたちににすべての人間に
大きな喜びを伝えるといいました。羊飼いは社会の最下層の人々でした。毎日朝から
晩まで羊の世話で明け暮れ、いつも羊と一緒の生活で、誰かがしなければならない仕
事であるのに、社会から蔑まれるような職業でした。そんな彼らにクリスマスの喜び
のメッセージがもたらされました。ローマ人もアラビア人も東洋人も、農夫も漁師も
政治家も実業家も、男女という性別に関係なく、すべての人に与えられる大きな喜び
です。その喜びは消えることなく、永遠に続くものです。
それはこの世での悲しみや苦しみが無くなるということではありません。それでも消
えることのない喜びです。多くの喜びは人とのかかわりの中で起こるものです。一緒
に喜んでくれる人、賞賛してくれる人がいるところに喜びがあります。天使の伝える
大きな喜びとは愛の喜びです。喜びと対極にあるのが痛みや悲しみですが、それを一
層辛くさせるのは孤独です。先週、教会からメールで送っている「今日のみ言葉」に
こんな文章がありました。【この世で一番悲しむべき言葉の一つはこれだ―「ここに
は、あなたのいる場所はない」】 旅先でお産となったマリアとヨセフはベツレヘム
の町で必死に宿を探しましたが、見つかりませんでした。どこへ行っても「うちはだ
めです」「もういっぱいです」と言われ続けました。飼い葉おけに寝かされた神の子
イエスは、私たちの寂しさ、辛さ、悲しみをご存知で、その上で私たちのところに来
てくださいました。私たちと共にいるためです。それはどのような人生にも救いがあ
るというメッセージです。神は共におられ、救い主はあなたの人生を豊かなものにし
てくださる。悲しみを知る神は、喜びをも知っています。私たちは究極的には天国の
喜びへの希望を持っています。
でもだからと言って、不運な人はこの世では我慢しろということではありません。私
たちの人生のそこかしこに神は喜びのしるしを与えて下さっています。飼い葉おけに
寝かせられている幼子はまさにそのしるしでした。旅先でのお産を余儀なくされ、泊
まる場所がなく、家畜小屋でお産したヨセフとマリアは、社会一般の目から見れば何
と不運の連続でしょう。けれども、そのただ中に喜びのしるしがあったのです。その
赤ちゃんを見つけてくれた羊飼いたちがいました。天使が羊飼いに伝えたのは、彼ら
に喜びを伝えるためだけではなく、マリアとヨセフにも喜びを伝えるためでした。
「おめでとう!」と言ってあげるためでした。見捨てられたような環境の中でどれだ
け慰めとなり喜びとなったことでしょう。神は私たちの生活の中に喜びのしるしもた
らし、共に喜んでくれる人を与えて下さいます。
この物語はさらに私たち自身が進んで飼い葉おけになる事を伝えていると思います。
私という飼い葉おけに神の子を受け入れるのです。乾いた藁を敷き、布で覆い、幼子
を受け入れる準備をします。そして具体的には他の人を受け入れるのです。入る余地
がないなどと言いません。見すぼらしいかもしれないけれど、どうぞ、入ってくださ
いというのです。自分は神からこの上なく愛されていることを信じて自分から誰かを
愛するのです。自分が飼い葉おけになって受け入れるのです。そこに喜びが生まれま
す。永遠につながる喜びです。
東京聖書学院教会
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◆送迎バスの東村山駅の出発時間は10時10分です。