説教題:「実りの神さま」
聖書:詩篇 第107編 35-37
説教:齋藤 喜樹 師
賛美:「みんなさんび」、「主イエスを喜ぶことは」 「あなたのみことばは」
この季節は、昔から日本の各地で、収穫を祝うお祭りが行われてきました。実りの神さまに感謝するのです。もちろん、キリスト教の神さまという訳ではありませんが、収穫を与えて下さった天に喜びをもって感謝するのです。収穫の祝いというのは、恐らく世界中で行なわれてきたことだと思います。聖書の中の人類最初の礼拝(カインとアベル)も収穫を感謝するものであったろうと思います。農業というものは、漁業や狩猟と共に、自然、特に天候に左右されるものです。日照りや洪水、虫や植物の病気は収穫を壊滅的にすることもあります。人間は自然をコントロールできません。だからこそ、収穫は当たり前のことではなく、感謝するものだったのです。
現代人の心が貧しくなっている一つの点は、感謝する心を失いつつあることかも知れません。米や小麦も計画通りにやれば、出来て当たり前とどこかで思っています。感謝するということは謙虚になる事です。人々が互いに感謝すること、自分の力を超えた愛なる神の恵みに感謝することは大切なことです。私たちはどうしても、感謝よりも不平や不満が先行してしまうのです。幸せのバロメーターがあるとしたら、それは感謝だと思います。お金が多ければ多いほど、幸せなのではありません。(もちろん最低限は必要です) 「ありがとう」と思える心が多ければ多いほど幸せなのです。あなたはこの1週間、どれくらい人に感謝し、神さまに感謝したでしょうか?良い事があっても、当たり前とどこかで思っていなかったでしょうか?いいえ、良い事、恵みがあったことさえ気づいていなかったかもしれません。人生には苦しいこと、悲しいことは少なくありません。けれども、そのただ中に、良いこと、神の恵みは間違いなくあるのです。
アメリカ合衆国では、国の祝日として11月の第4の木曜日を「感謝祭」として祝います。これはクリスマスに次ぐ大きな祝日で、大抵、会社も学校も木金土日と4連休で祝います。家族が集まり、ご馳走(伝統的に七面鳥)を食べて祝います。この感謝祭の起源はアメリカの人にとってはあまりにも有名です。
17世紀、イギリスでは教会の改革を主張する清教徒が国家から迫害を受けていました。この為、信仰の自由を求めた清教徒を含む102人がメイフラワー号に乗ってアメリカに渡りました。この人たちは後にピルグリム・ファーザーズと呼ばれます。彼らは1620年11月に北アメリカ大陸の北東部に到着し、希望に燃えて、新しい社会を建設することをめざしました。けれども、入植当初の状況は厳しく、イギリスから持ってきた食料は底をつき、厳しい冬を越して翌年の4月までに半数程が病死してしまいました。けれどもピルグリム達が上陸した土地には先住民のワンパノアグ族が暮らしており、ピルグリム達に食糧や物資を援助し、狩猟やトウモロコシやカボチャ、豆などの栽培などを教えました。その年の秋には見事な収穫が与えられ、ピルグリム達は収穫を感謝する祝いにワンパノアグ族を招待しました。祝宴は3日間におよび、料理が不足すると、ワンパノアグ族が追加の食料を運ばせたということです。人々は苦難の連続を通りました。不平、不満を言ったらキリがありません。けれどもその苦難のただ中で与えられた神の恵みに感謝し、実りの神を賛美したのです。そこに人々の平和がありました。
この1週間、神さまに感謝する心を持ちたいと思います。また周りの人がしてくれることを当たり前と思わず、ありがとうの気持ちを持ちたいと思います。そこに本当の平安が宿るのです。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい。」
Ⅰテサロニケ5:16-18
東京聖書学院教会
◆送迎バスの東村山駅の出発時間は10時10分です。