説教題:「天からのしるし 」
聖書:マタイによる福音書 第16章 1~12節
説教:齋藤 善樹 師
賛美:「七日の旅路」「御国をも御座をも」
天からのしるし マタイ16:1―12
パリサイ人とサドカイ人がやってきて、イエスに天からのしるしを求めました。イエ
スの言動の権威の証拠を要求したのです。イエスは、しるしを求める時代を嘆かれま
した。彼らが求めるようなしるしは与えられないとイエスはおっしゃいます。天のし
るしについて二つの異なった考え方をするグループがあると思います。天のしるしが
あると期待するグループと、もう一つはしるしなどないと考えるグループです。最初
のグループの人たちは世界で起こる出来事の中には、世界を造り、この世界に意味を
与え、世界と人間及びすべての命あるものを見守っている存在のしるしがあるはずだ
と考えます。私たちの生活の中で良い事があったとしたら、それは神の恵みであると
考えます。もう一方のグループは良い事が起こったとしたら、それは単に自分が頑
張った結果であるか、単に幸運だったのだと考えます。周りで起こる出来事には特に
意味などありません。自分を導いてくれる存在もなければ、守ってくれる存在もな
い。世界は自分だけなのだと考え、そもそも天のしるしなどありようがありません。
それでもこの不安な世の中で多くの人たちはしるしを求めます。聖書の証しする神
がおられるならば何からのしるしを見せて欲しいと。無神論を唱える人は、神がいる
ならば、何故誰にも分かる形で自分を現わさないのかと言います。そんなことは起き
ていないから、神などいないし、天のしるしもあるはずがないと。
けれども、イエスは、あなたが求めるような形でしるしは与えられないとはっきり言
われました。唯一の例外はヨナのしるしです。これはヨナが大魚の腹の中に三日三晩
いた後に生還したという物語から、イエスの十字架と復活のことを表すのです。しか
し、イエスは、しるしは与えられないと言いながら、反対のことも言われます。しる
しがあるのにどうして気が付かないのかと言われるのです。「あなたがたは、夕方に
は、『夕焼けだから、明日は晴れだ』と言い、朝には、『朝焼けでどんよりしている
から、今日は嵐だ』と言う。このように空模様を見分けることは知っているのに、時
のしるしは見分けることができないのか。」今のように気象衛星がない時代でも、あ
る程度天気の予想が出来たのです。天のしるしは明らかだと言えるかもしれません。
イエスは、この世界は実は天からのしるしで満ちているではないかと言いたかったの
かもしれません。
なぜしるしを見分けることが大切なのでしょうか?それは私たちの今を生きる生き方
を豊かにするからです。イエスは野に咲く一輪の花にしるしを見ました。明日は火に
くべられる小さな野の花を神は、今、この瞬間に恵みをもって美しく咲かせている。
イエスは空の鳥にしるしを見ました。あくせく働かず、短い寿命だけれども、今を精
一杯生きる鳥を、神は養っておられる。またイエスは地に落ちる一粒の麦にしるしを
見ました。種が自分のかたちを失う時に、何百倍もの実を結ぶというしるしです。死
を通して与えられる命のしるしです。ヨナの物語はイエスの死と復活というしるしで
した。私たちの生活の隅々にまで神のしるしは現わされています。あなたの昨日経験
したこと、今日見たもの、聞いたことの中に天からのしるしがあるかもしれません。
それは神のメッセージです。それは、恵みのメッセージであり、罪から解放される
メッセージであり、将来に希望を与えるメッセージなのです。
東京聖書学院教会
◆送迎バスの東村山駅の出発時間は10時10分です。