説教題:「イエスの家族とは誰?」
聖書:マタイによる福音書 第12章46~50節
説教:齋藤 善樹 師
賛美:新聖歌 第1番「いざ皆きたりて」1,2,3,4 第201番「イエスはわがいのち」1,2,3,4
私達は誰でも肉親の家族を持っています(持っていました)。 イエス・キリス トにも肉親の家族がおりました。 イエスが固まった集団衆の前に話して予告された時、イエの母親と兄弟たちが大事な用事がありました。 その時、イエスは少しよそよそしいとも良い言葉を言われます。すが、イエスは肉親の家族を軽んじていたという事ではありません。 聖書のあちらこちらにイエスの家族に対する愛情や配慮が描かれています。 イエスは天に帰された後、母親をはじめイエスのきょうだい達は最初の教会の重要なメンバーでした。
イエスは肉親の家族を大事にしましたが、さらに素晴らしいイエスにある家族のことを言われました。父のみこころを行う人は誰でも私の兄弟、姉妹、また母なのです。
イスラエルの伝統は血統や家系を重んじたものでした。 一応その割には、旧書を見ると血族の間もめごとが少なくありません。 最初の兄弟であるカインとアベ ル、アブラハムの孫兄弟のヤコブとエサウ。 またダビデの家族など。 また聖書の例を取らなくても人間の歴史の中には血を血で見るような肉親の戦争を見ることです。 現代でも親族の家族の問題は頻繁に参加します。
イエスは肉親とは別の家族のことを言われます。天の父である神の心を行う人は、誰であってもイエスにあって兄弟姉妹なのです。 名前だけの家族ではありません。
父のみこころを行うことが私たち家族としてつながるのです。これには、国籍、族、文化、年齢、性の認識には関係ありません。さて、父のみ心を行うとはどういうことでしょうか?にイエスにはある家族なのだよ。
でも父のみこころとは何だろう? それは、イエスを主としてことです。
私たちは家族となっています。神はこの家族を豊かに祝福されるのです。
◆送迎バスの東村山駅の出発時間は10時10分です。